人への好奇心が旺盛で、泉のように
次から次へと質問が湧いてくる。興
味津々、愛くるしい笑顔。そんな人
懐っこい人間に、私もなりたかった。
ヘアメイク、28歳、イギリス4ヶ月目
私はその日、イーストロンドンの家に無事入居した。
お祝いとして、フラットメイトのみんなが歓迎会を開いてくれた。
お金を含め、全てを仕切ってくれている砂吹くん。
作家になりたい三井ちゃん。
カメラマンの広末さん。
そして、メイクの私。
ここ最近のロンドンは比較的暖かい日が続いていたが、久しぶりに風の冷たい朝だった。
ビールやワインと、思い思いのものを買ってきて、豆乳鍋をみんなで囲んだ。
「じゃあ、味村さんは8年も美容部員をされてたんですね! メイクのプロだあ。わたしも教えてほしい」
「そうしろ三井。一体いつまでナチュラルメイクという名のすっぴんで過ごすつもりなんだ。いいか。男は決してナチュラルメイクが好きなのではない。あまり化粧をしなくても綺麗で可愛い子が好きなんだ」
うるっさい、と三井さんが眉間に皺をよせる。
「じゃあやっぱり、味村さんはメイクを勉強するためにロンドンに来たんですか」
私は鍋をつつきながら、答える。
「そうね、せっかく来たから、ヘアメイクを学んで帰りたいと、思ってるよ。」
「ゆくゆくは、雑誌やコレクションのモデルさんをやるんですか」
「ええ、できたらいいなと、思ってるよ。そのためには、やらなきゃいけないことが山積みだけど。英語や、人脈作りとか、営業もしなきゃ」
言いながら、私はそんなことを考えていたのか、と思う。
普段は自分のことを話すのが苦手なのに、今日の私はよく喋っている。
お酒の力? ちがう。
この子が質問してくるから、うっかり答えてしまうのだ。
目の前の、自分より4歳年下の、三井という女の子。
艶のある黒髪。前髪は眉くらいで切り揃えられている。丸顔と、くるくる変わる表情、その人なつっこさのせいで、年齢よりも幼く見える。
好奇心がある子って、うらやましい。
そういう子はたいてい、質問をするのが上手だ。いつのまにか、自分の話をしてしまう。
人に興味を持てなくて、7年続けた美容部員をやめてしまった。
いつからか、お客さんの肌の悩みやメイクの希望が、耳に入ってこなくなった。
マニュアル通りに商品を適当に照らし合わせて、タッチアップする。
似合ってるかなど分からない。それでも「素敵です」と言って買ってもらう日々に、飽きてしまった。
インターネットで何でも答えが出てくる世の中。
「人に興味が持てない」と検索すれば、何らかの解決法を導いてくれるにちがいない。
けれど、この子を見ていて思う。
好奇心って、生まれつきのものではないだろうか。
私は元々、持って生まれなかったんじゃないんだろうか。
私なりに努力した時期もあった。
初対面の人と、どんな話をしたら盛り上がれるか。
どんな質問をしたら、もっと相手を引き出せるだろうか。
会話において、聞くことが大事なのは知っている。
だが、どんなに耳を傾けても、相手の話が入ってこない。
次に会った時には、その人の仕事や、どこの出身だったかも忘れていて、
終いには既に訊いた質問をまたしてしまう。
きっと向いていないんだ。
そう悟った。
人と話している時に、こう思っている自分がいる。
この人に興味をもって、いったい何の得があるんだろう。
相手の話を聞いてる最中に、他のことを考えている。
今日の夕飯、何にしよう、みたいな。
きっと相手も、私なんかで大切な時間を浪費したくないだろう。
興味がないなら、ないなりに、大人しくしていよう。
それが私の出した答えだった。
「ほら、みろ。美人が台無しだろ」
砂吹くんの言葉で、我にかえる。
「大丈夫? 気分、悪い?」
「ごめんなさい。ちょっとぼうっとしてしまっただけ」
「この人は、よっぽど面白い話じゃないと耳を貸せない病気なんだ」
「ちょっと、そんな言い方」
面白い話でなければ耳を貸せない病気。
たしかにそうだ、と思わず笑ってしまう。
「嘘でもないかも。私、人にあんまり興味がないみたいで」
その時、砂吹が突然バンっと机を叩いた。ワイングラスがもう少しで倒れそうになる。
「君は、いろいろ派手に間違っている」
砂吹くんは立つと、自分の上着を着て、さらに私のコートを手にとった。
「いいか。今から、この2年間を死ぬほど無駄に過ごした、生きるダメ見本、ワーホリ先輩に会いに行く」
砂吹くんは、私の手をひいて玄関へ向かう。
「今から? ちょっとどこ行くのよ」という声を置いて、薄暗くなり始めたロンドンの街に飛び出した。
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