第108話「携帯失くして、野生のイノシシに出会う慌ただしい日」

無事にバルセロナに到着♪ と思いきや
全然無事じゃなかった。広末くんの携
帯が失くなってしまった。機内に落と
したか、もしくは盗られちゃったのか。

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作家志望、24歳、イギリス12ヶ月目

 

空港に到着したのは夜21時。

広末くんが携帯がないことに気がついたのは、機内を降りてすぐだった。

通路に落としたかもしれない、座席の前のポケットに入れっぱなしかもしれない、と必死に事情を説明する。

しかしセキュリティは「機内に引き返すことはできない」の一点張り。

 

「本当に落としたのか」

砂吹がなんともなしに訊ねる。

「分からない。ただ降りる直前には、確実にあった」

そうだ。引き返すための口実としてああ言ったのだろうけど、広末くんは座席のポケットに大事なものを入れたりしない。

 

奇跡的に遺失物係の窓口がまだ開いていた。

「万が一出てきたら後日連絡するから、電話とメールをここに書いて」とだけ言われる。

気怠そうな表情と杜撰な対応が、「これは出てこないやつだ」と直感的に思わせる。

広末くんもそう感じたのだろう「少しの間、ここで待っててもいいですか」と訊ねている。

 

 

「別にいいけど、何時間かかるか分からないし、私は後30分で帰るから」と素っ気ない態度だった。

ひとまず、機内清掃の時に出てこないか見てくれることになった。

出鼻をくじいて、本当に申し訳ない、と平謝りする広末くんに「全然いいよ」と声をかける。

一方で砂吹は「おれあそこで一杯飲んでくるわ。三井も来い。味村は一緒にいてあげて」と偉そうに指示した。

 

 

「あんたは本当に血が通った人間なわけ」

空港の簡易バルみたいなところで、カルボナーラうどんスペイン風みたいな謎の食べ物を食しながら苦言を呈する。

値段の割に美味くねえな、と文句を言いながら砂吹は

「中学生じゃないんだ。あそこでみんなで仲良しこよしで待ってる方が、気を遣わせる」

 

一理ある、と思う。

彼なりに考えての行動なのか。

スパニッシュオムレツをつつきながら「何でもスペイン風で許されると思いやがって」という砂吹は、ただビールを飲みたかっただけじゃないか、とも思わせる。

 

「あんなに色々調べてくれてたのにね」

現地のリサーチやオススメのレストランをあらかじめ探してくれていた。

もし出てこなかったら、Googleのスターマークは復活させることができるのだろうか。

 

それにしても、Estrella damm(エストレージャ ダム)を初めて飲んだけど

なかなか美味しい。

スペインで一番飲まれているビールらしい。

 

 

結局その日、窓口は閉まり、携帯は出てこなかった。

 

 

肩を落とす広末くんを引き連れて宿に向かう。

何も食べていない二人のためにご飯とビールも買った。

宿の最寄駅に着くと、「ケモノがいる」と味村が指をさした。

ケモノってw、みたいに皆でなったんだけど、数秒後、それは紛れもなく「ケモノ」という印象を全面に押し出ている何かだった。

 

 

慎重に近づいてみると

なんとイノシシだった。

 

結構な距離まで近づいてシャッターを切る広末くん。

「危ないからやめなよ」と声をかける。

携帯失くしたことなど霞むくらいの、大怪我しそうな気配がある。

シャツを引っ張るようにして慌ててその場から離れた。

 

 

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