第21話「逆になぜ同性愛に目覚めなかったのか。ブライトンのゲイパレード」

 

界三大ゲイの町、ブライトン。毎年
開催されるプライド、ゲイパレード。思
い思いの衣裳を纏う彼らは、いつだっ
真剣に、胸を張って堂々と生きている。

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カメラマン、32歳、イギリス3ヶ月目    

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引っ越しの手伝いをしてくれるということで、砂吹と三井がロンドンから来てくれた。

ちょうど、ブライトンの有名なお祭り、Brighton Pride のパレードの日だったので、みんなで見に行くことになった。    

プライドとは、LGBT、つまり、同性愛者のレズビアンやゲイ、トランスジェンダーの人々が、自分の性的指向や性自認に誇りを持つべき、という概念だ。    

語学学校の先生が教えてくれて初めて知ったのだが、ブライトンは世界三大ゲイの町らしい。    

 

 

特に毎年開催されるこのゲイパレードは有名だ。

多様性を表すレインボーカラーをシンボルに、思い思いの衣裳を纏って町を練り歩く。            

「なんていうんでしたっけ。そういう現象ありましたよね。今まで知らなかったからあまり気にならなかったけど、そういう町だと分かると、途端にゲイばかりが目につくんです」  

カラーバス効果だろ、と砂吹が呟いた。  

 

 

あんたはそういう言いたいだけのやつ、なんでも知ってるね、と三井がからかう。  

カラーバス効果。

人間の脳は、特定の物事を意識すると、積極的にその分野の情報を選んで認識するようにできている。  

たとえば欲しい車があるとき、街ではその車ばかり目につくようになる。        

 

 

意識の高い人は、木からリンゴが落ちただけで天才的な発見をするし 何も考えていなければ、何も気が付かない人生を送ることになる、かもしれない。

後者は考えるだけで恐ろしい。    

道端に咲く一輪の花の美しさから生きる喜びを悟ろうとは思わないけれど、 せめてそれを見て子どものように「きれいだね」と言える心が欲しい。    

僕は素直じゃなかった。

 

 

「きれいだね」と言ってみても、どこかそれが自分の本心と思えなくて 花をきれいだと感じる人間を演じているような     居心地の悪さを感じる。            

同性愛者。   僕はファッションに携わっていたわけじゃないけれど、カメラマンという業界がゆえなのか、僕の姿なり、性格がゆえなのか、たまに訊かれることがある。  

君はちゃんと、女の子が好きなのか、と。  

僕は同性愛者ではなかったし、かと言ってそういう人々に偏見があるわけでもない。        

 

 

でも、ときどき悪意のある訊き方をされる。  

「本当に〜? 別に隠さなくていいんだよ」という人だ。  

「私、理解あるから」と、謎の前置きをして。   悪気がないのは知っている。でも、その場を盛り上げるためなら何を言ってもいいと思っている類いの人間は、好きではない。        

なぜならば、そう問われると、僕は強く否定せざるを得なくなる。   その時、少なからず、そういう人々を差別してしまうような気持ちになる。  

 

 

ゆえに僕は若い頃、そのような質問を受けても、肯定も否定もしなかった。

ただヘラヘラと笑っていれば、万が一その会話のグループの中に本当に同性愛者がいたとしても、誰も傷付けずに済むと考えていたからだ。  

ストレートだということは、自分さえ分かっていればいいと思っていた。        

しかし問題は起きた。  

 

 

20代前半で、好きになった女性に思いを告げたことがあった。  

僕の告白を聞いた彼女の第一声は「女の子が好きなの?」というものだった。  

驚いた。まさか、そういう話を真に受けていた人がいたなんて。  

僕が否定しなかったせいだ。

 

 

胸をかきむしるような、悔しい思いをした。

自分の意見はしっかり言わなくてはならなかったのだと、思い知った。        

自分は同性愛者ではないが、そういう人々に偏見はない、ということを説明するのは、想像以上に難しい。

日本語でも難しいのに、ことさら英語でなんて。  

 

 

「でもさ、こういう人たちは、どういうきっかけでそうなるんだろうね」  

三井は、子どもが親に「これ、なあに? あれ、なあに?」と見たもの全て不思議に思うような純粋さがあって、僕には少し羨ましい。

他意がない。そこにはいつも、それだけだ。  

「初めからそういう人もいるだろう。途中で気が付いた人も、もちろんいるだろう。きっかけなんてそこら中に転がっている」砂吹は、温度のない声で言った。        

 

 

「面白いか分からないけれど、僕が同性愛に目覚めていたかもしれないきっかけならありますよ」  

三井が、なにそれおもしろそう、と屈託のない笑顔で顔を向けてくる。  

「僕は、中学時代、サッカー部に所属していたんです」  

なるべく長くならないように、簡潔にまとめようと、頭の中を整理する。        

 

 

「僕は、中学から始めたので、幼稚園、小学校からやっている人と一緒にやるのは厳しくて。ボールを持つと、どうしても顔がさがって、パスが出せなかったんです。味方がどこにいるのかも、分からなかった」

うんうん、と三井が相槌を打つ。砂吹も、パレードを見ながら、それでも耳はこちらに傾けてくれているようだ。    

「監督が言ったんです。どうしてパスを出せずにボールを持ってしまうか分かるか。仲間がどこにいるか分かってない、見えてないんだ。何が足りないと思う。それは意識だ。好きな女はどこにいるかすぐ分かるくせに、なんで味方はどこにいるか分からないんだ」    

皮肉屋のその監督が言ったことに、僕は、たしかにそうだな、と思った。        

 

 

好きな人がいつ、どこにいるのか、分かるのは何故だろう。  

朝、彼女が教室に入ってくると、そちらを見ていなくても分かる。  

休み時間の窓際。そこにいるのは知っている。  

小さな笑い声も聞き逃さないし、ゴマ粒ほどにしか見えないほど遠くにいても、なぜか彼女だと分かる。        

 

 

「わかるー、好きな人って、どうしてそこにいるのが分かるんだろうね」  

「そこで僕は考えたんです。サッカー部のある特定の男の子のことを、好きになってみたら、試合中に彼がどこにいるのか、分かるかもしれない」  

「またぶっ飛んだ発想をしたね」  

三井は目を丸くして笑う。        

 

 

「確かに、今思えば。でもあの時は真剣でした。そして、それが同性愛に目覚めるきっかけとなっても、おかしくなかったと思うんですよ。僕はたまたま、その時好きだったクラスの女の子のように、そのチームメイトを好きになることはなかったけれど。それは本当に、たまたまだと思うんです」  

砂吹が鼻をふんと鳴らした。  

「きっかけなんて、そこら中に転がってるさ。エッチなビデオを見ていて、気が付いたら男優の方を見ていて気が付いたなんて、よくある話だ」  

「ちょっと、やめてよね」  

「なぜだ。汚いか? それが差別なんだよ」  

「ちがうわよ。あんたはもっと、言葉を糖衣で包みなさいよ」  

「おれは正露丸を糖衣で飲むやつが嫌いだ。腹を治したいなら、臭くても飲め」        

 

 

僕は、ずいぶんと年下の彼らの、こんな会話を聞くのが好きだ。  

今年で33歳になる。結婚もしていない。  

海外にいる場合ではないかもしれない。  

来る前に何度も考えたことだった。        

 

 

同世代は、責任ある仕事を任されて、結婚もして、子どもが2人くらいいてもおかしくないというのに。  

目の前の光景と、自分の頭の中の内容が異なり過ぎていて、意識がぼんやりしてくる。            

 

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ふとしたとき、 Follow Your Heart. という言葉が目に飛び込んできた。

 

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ああ。 したいことをしていいんだ。  

その瞬間に、空の青さが一層深まったような気がした。        

別に周りがどうだっていいじゃないか。  

僕はカメラが好きで、海外で思いきり撮影をしたいから、来たのだ。            

 

 

そこには、失恋ソングから人生の意味が分かってしまったような、お門違いな感覚があって  

これはPrideだから、彼らの「Follw Your Heart」の真意は、そういうことじゃないんだろうけれど  

心が、すっと軽くなった。        

 

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本来は、パレードなんかしなくたって、分かり合えたらいいんだ。  

自分の意志や指向、夢や、やりたいことに。

もっと誇りを。  

彼らの背中は、そんな風に言っていた。    

 
 
 
 
 
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