第39話「2年間をこれ以上ない程無駄に過ごしたワーホリ先輩に学ぶ」

 

人に興味が持てない。それを解決
するために、砂吹くんについてきた。
パブで待っていたのは、ボサボサの
髪と無精髭の、ひきこもり男だった。

 

 

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ヘアメイク、28歳、イギリス4ヶ月目

 

 

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空が暗くなってくる。

砂吹くんに連れられてやってきた、駅から少し歩いたパブ。

 

そこで待っていたのは、深刻そうに頭を抱えて、「おぉ……」唸っている一人の男だった。

 

すでにパイントビールを半分以上空けている。

 

そのグラスの横には、怪しげな青い瓶が置かれている。

 

 

 

 

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「見ろ。彼はいつも憂いている」

いったい何に?

 

 

 

 

男はゆっくりと顔を上げた。

 

「ああ、砂くんやっときた」

 

少し驚いた。髪は伸び放題かつボサボサで、無精髭も生えてはいたが、思ったよりも若そうだったからだ。

 

「君か、僕に会いたいという女の子は。はじめまして。言っておくが、決して憂いているわけではない。頭皮のマッサージをちょっとね」

 

 

 

 

パブで頭皮のマッサージ。いずれにしろ、風変わりな男だ。

 

「君、知っているか。人は、今悩んでいることを、一年後には悩んでいないらしい。去年の今頃の悩みを覚えているか?」

 

そう言われて、思いを巡らせる。

「たしかに、悩んでいませんね。まあ、去年の今頃何をしていたか、すぐには思い出せないと言った方が正しいかもしれませんけど」

 

「いずれも、思い出せないということは、大した悩みじゃなかったのさ」

はあ、と返事する。

 

 

 

 

「だがしかし! 私の悩みは一年後に忘れられるものじゃない。おそらく解決もしていない。更にひどくなっているかもしれない」

 

首を傾げると、彼は青い怪しげな瓶を目の前に差し出す。

 

「これだよこれ、ハゲ薬」

 

ハゲるための薬ではない、ハゲ対策の薬だと、彼は付け足した。言われなくとも分かる。彼は禿げるのが恐くて、四六時中マッサージをしているらしい。

 

 

 

 

「でも、まだ髪の毛いっぱいあるじゃないですか。むしろ、ちょっと切った方がいいですよ」

 

「今あっても1年後は分からないだろ!」

 

突然声を荒げたので、私は目を丸くする。

 

「父、二人の祖父、曾祖父まで全員、遺影の中でハゲている。遺伝的には100%なんだ。ハゲ始めてからでは遅いのだ」

 

 

 

 

「彼が、2年間をこれ以上ない程無駄に過ごしたワーホリ先輩だ」砂吹くんがそう紹介する。

 

「無駄に過ごすにはどうすればいいのか訊きたいんだろ? 変わった子もいるもんだ」

 

「いえ、私は別に」

 

人の話を聞かずに彼は話を続ける。そこは砂吹くんと似ている。

 

 

 

 

「そんなのは簡単だ。まずバイトを始めなさい。日本食レストランなんて、ハードルが低くていいだろう。

 

接客では英語が必要だが、スタッフは日本人も多かろう。分からないことは日本語で訊けばいい。

 

週5日、朝から晩まで働いて家を往復する。そして気が付くだろう。

 

ロンドンにいても、六本木のちょっと外国人客が多いレストランで働くのと、変わらない、と」

 

 

 

 

間髪いれずに、先輩は話を続ける。

 

「なんならね僕はね、平日朝から晩まで働き土日に出不精な人間と、ひきこもりは、あんまり変わらないと思っている。世間に触れている時間、という意味では。

 

アルバイトごときで世の中に貢献してるつもりかもしれないが、人生の充実度はほぼ同じだ。

 

ひきこもりだから親が注意する。フリーターでも、一応働いているから誰も注意しない。どちらが危ないかは一目瞭然だろう。

 

 

 

 

「皆来る前はこう思っているはずだ。海外には、とんでもないことが待ち受けていると。

 

そして来てから半年後に気が付くはずだ。生活するだけなら、そんなに英語が必要ないこと。

 

だいたい日本と同じさ。自分から求めなければ、友達も遊びも事件も起きやしない。

 

インターホンを押して羊男が現れるようなことは、世界のどこに行ってもない」

 

 

 

 

砂吹くんがそこで胸を張り、誇らしげに説明する。

 

「先輩のすごいところは、半年でそのことに気が付いたにも関わらず、2年間無駄にしたことさ」

 

「いったい、何やってたんですか」

 

「だいたい家でYoutube。名探偵コナン見てた。親に心配されないフリーターより、心配されるひきこもりでいようと思って」

 

 

 

 

私は悟られないように細く長く溜め息を吐く。

彼から学ぶことなど、何もない気がする。

せっかくここまで来たのに。

 

 

 

 

「いいかミムラ」

いきなり呼び捨てにされたので、なんだい砂吹、と私も言ってみる。

 

「人を見た目で判断してはいけない。ワーホリ先輩は、今のところどうしようもないクズにしか見えないだろうが、見間違い、聞き間違いってのは、人生の中でたくさん起きる」

 

見間違いはともかく、聞き間違い? 全然意味が分からない。

 

だけど、せっかく時間を割いて来たので、一応質問してみる。

「私、人に興味が持てないんです。病的に。どうしたらいいですか」

 

 

 

 

 

 

すると先輩は、少し真面目な顔つきになった。

 

「人に興味がある人なんて、基本的にいない」

 

え、と思わず口にする。

 

「みんな、興味のあるフリをしているのさ。君の悩みはどうせ、人と話が続かないとか、楽しくないといったものだろう」

 

 

 

 

当たっている。

 

「だとしたら、君に足りないものは簡単だ」

 

ワーホリ先輩は、指をたてた。

 

「それは、知識だ」

 

 

 

 

オハナシハツヅク

 

 

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