第2話「どうすれば初対面の男と海外生活することになるのか」

第一印象が悪い方が良いという謎の
謎の定説がある。不躾な男、砂吹と
の出会いは、この世で最も刺激のな
いと思われたコンビニバイトのレジ。

 

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 作家志望、24歳、日本

 
 
 
「お疲れさん。何か頼みたまえ」
 
はあ、と言って席に座る。
 
モーニングのラッシュは過ぎているようで、カフェの中の人はまばらだった。
 
 
 
 
 
コンビニ夜勤の間に、目の前の自称小説家らしい怪しい男に原稿を取られる羽目になった。
 
偉そうにしているがきっと年下だろう。
 
空腹だったが、おごられるのは借りを作るようでなんとなくいやだった。
自分で支払うつもりで、カフェラテだけ注文する。
眠気と疲れでふらふらした。
 
飲み物はまだ来ていなかったが、早く帰りたいと思う気持ちが強く、「小説、どうでしたか?」と率直に訊いてみた。
 
 
 
 
 
「修正はしていない、別のものになってしまいかねない」
 
「別のもの?」
 
「ああそうだ、船の思考実験と同じだ。たとえば、後の世代に保存すべき船を、朽ちたからといって部品をひとつずつ交換していくとする。すべての部品が新しくなった時、これが同じ船だと言えるかい?」
 
ああ、とわたしは理解した。
面倒くさい、一番嫌いなタイプの人間だ。
理屈っぽくて、いつでも自分が正しいと思っている、自己顕示欲の塊だ。
 
 
 
 
 
「推敲はしなかったが、思ったよりも、おもしろかった。ただ、技術が圧倒的に足りてない」
 
 
「技術、ですか」上の空で、運ばれてきたカフェラテをすする。ミルクの柔らかな舌触りと程よい温度に油断して、急に熱いコーヒー部分に触れて目が覚める。
 
 
「さすがに5年もやっているから、最低限の小説のルールは分かっているようだ。けれど、視点がぶれている。ぶれ過ぎだ。マイクタイソンに打たれたとしてもこんなに視点はぶれない。三人称多視点で書かれているようだけど、視点移動が上手にできないのなら使うべきでない。新人賞では確実に不利になるからだ。あとは、君なりにテーマやコンセプトがあるのだろうけれど、それを主人公に言わせてしまうことほど、陳腐なことはない」
 
 
 
 
 
一人でしゃべり続ける名前も知らない男を見つめている。
 
本当に作家なのだろうか。
 
ここに来るまでに作家の顔でも検索しておくべきだった。小説家、若手、ビッグマウス、イケメン、性格ブス、他にキーワードは……
 
 
 
 
 
「今回の応募はまず入賞しないだろう。そこで宿題と提案がある。まずは、小説のルールをもう一度勉強すること。それが終わったら、受かりたい新人賞の過去10年の受賞作品を読んで傾向を知ること。同時に、長編でなく、短編をいくつも書きなさい。環境の変化も必要だ。ロンドンに引っ越そう」
 
 
意外にまともなアドバイスをくれるのだな、と思った矢先、聞き捨てならないものがあった。
 
 
「ロンドン? なんでまた」
 
 
「イギリスは作家の宝庫だよ? シェイクスピア、コナンドイル、JKローリングもいる。それに君は人間としての経験値がない。だから海外へ行くべきだ。幸運なことに、海外でも執筆はできる」
 
 
 
 
 
 
「お断りします。読んで頂いてありがとうございました」
 
 
わたしは原稿をひったくり、自分の分の会計を済ませて、足早にカフェを出た。
 

 

 

 

 

 

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