第3話「ここではないどこかへ。でもそれが海外だとは思ってもみなかった」

 

をしている時も、こんなことして
る場合じゃないと思っていた。常に自分
に言い聞かせていた「今はまだ仮の姿」
で人生が終わってしまわないように。
 

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作家志望、24歳、日本

 

 

数年前、恵方巻きのノルマをアルバイト課すコンビニ店長の問題がニュースで大きく取りだたされたと思ったら、今度は24時間営業が危ぶまれている。

店長も、好きで大量の恵方巻きを発注をしているわけではない。

本部からの圧力なのは知っている。

そもそも、問題になった店の店長は、よほど嫌われていたに違いない。 そんな風に考えていた。

 

 

わたしの勤めるコンビニの店長は、40代半ばの普通のおじさんだ。

小柄で、茶色のパーマをかけていて、後ろから見るとおばさんにも見える。

そして、とにかく明るい。

都市部のコンビニだが、地域密着型を目指している。

 

 

 店長は、暇さえあればお客さんにすすんで話しかける。

通りを挟んだ反対側には他ブランドのコンビニもあるが、そこを素通りしてわざわざ店長に会いに来るような客もいる。

 

 

スタッフにも優しかった。

叱る時は叱るけれど、決して怒っているわけではなかった。

指導すべきことを言う。

気分で怒鳴ったり、人によって分け隔てたりしない。    

 

 

だから、店長が寝ぼけてメロンパンを12個のところ120個発注することなどが半年に1度の行事なのだが、そんな時は、誰がともなく「仕方ないなあ」とおばちゃんパートが家族分買って帰ったり、学生アルバイトが休憩中にメロンパンを食べたりする。

店長ももちろん大量に買う。

それでも、廃棄しなければならない日の朝に、やっぱり50個ほどまだ残っていた。

店長が「助けてください。僕が発注間違えました。期限、今日までなんです」という張り紙をバカ正直にしてみたところ、 お客さんたちは、「もっと早く言えよー」「おかしいと思ったのよ、メロンパンが山ほどあるから」と、あっというまになくなった。    

 

 

店長の良いところは、ここからで。

後日店長は、メロンパンありがとう、というメモと共に、チョコレートを買って裏に置いてくれた。

普通の店長なら、自分で買ったメロンパンをその辺に置いておいて、「食べていいよ、おれが買ったから」というのが関の山なのに。    

 

 

毎回こうやって、別の形でお礼をしてくれる。

チョコが嬉しいわけではなくて、スタッフとのコミュニケーションを大事にしれくれるのだ。

いや、もちろんチョコも食べるのだけど。    

 

 

しかし、ここでひとつ疑問が残る。

店長が買ったあの大量のメロンパンは一体どうしたのか。

店長は一人暮らしだから、全部食べるのは不可能だ。

わたしは率直に訊いてみた。    

 

 

「ああ、ホームレスの人にあげてまわった。廃棄じゃないよ、買ったやつだから、ってちゃんと釘さして」

なんというか、ホームレスの人にモノをあげるのがいいとか悪いとかじゃなくて、 店長の行動が、いつも想像の斜め上を行くあたりが、わたしは好きだった。    

 

 

ーーー    

 

 

「どうかした?」

お客が途切れたときにふと、窓の外を眺めていると、店長が話しかけていた。

あ、いえ、と曖昧な返事をする。

小説に関して砂吹に言われたことを思い出していた。いけ好かない奴だが、もっともな指摘をされたような気もした。    

 

 

「知ってるよ、誘われてるんだろ、あの好青年に」

「好青年? 誰のことですか」

砂吹くんと、名乗っていたよ。君をロンドンに連れて行くから、ここをやめさせると。まるで、宣戦布告のようだった」    

 

 

訂正と質問が多過ぎて、軽く目眩がする。

「え、ここへ来たんですか。何て、言われたんですか」  

「聞けば、イギリスで小説が書けるチャンスだそうじゃないか。私も急な話に驚いたが、その時は昼のピークが終わったタイミングでちょうど暇でね。私が思う不安な要素を色々訊いたが、家を用意してくれる上に、航空券も出してくれるそうじゃないか。生活費は君が払うことになるが、君も普段慎ましい生活をしているし、貯金くらいあるだろう」  

「そりゃあ、少しくらいありますけど。小説が書けるといったって、向こうの作家とコネクションがあるわけじゃないと思いますし……」    

 

 

「去年の作品はヨーロッパが舞台だったろ。一度その目で確かめてくるのも悪くない。よくやってくれてる君にやめられるのは惜しいが、もし君が本当に行きたいならば、止めはしない」

「ちょっと待ってくださいよ」

「なに、もし気に入らなかったら帰ってくればいいだけの話だ。その時はいつでも復帰してくれて構わない。私は君の小説の、いちファンだから」    

 

 

あの男はいったい何なんだ。外堀から埋めてくるとは、やり方が汚い。

そもそも、どうして見ず知らずのわたしにそんなに構うのか。

 

 

店長はメモを差し出しながら言った。  

「人を見る目は有る方だと思う。この店をオープンする前にも、コンビニを転々として、色々な場所の、色々な人々を見てきた。彼は、悪い人ではないよ」  

たぶんね、と笑って受け取ったメモには、砂吹諒、という名前と連絡先が書いてあった。  

 

 

たしかあの時、メモを片手に家に帰って、なんとなくアルバムを開いたんだっけ。

印刷することが少なくなった現代。けどわたしは時々プリントアウトしていた。

久米島へ行った時のこの写真を見て、自分に重ねてみたりした、わけではなく、

ピントがずれていることに初めて気が付いたんだった。        

 

 

 

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