第14話「ホームレスが言った。金をくれ。それがダメなら洗剤でもいい」

色の部屋で遊んだという思い出を
話してくれた少女と別れを告げブライト
ン到着。老婆にお金をあげた所を見てい
たのか、大男が目の前に現れて言った。    

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作家志望、24歳、ロンドン2ヶ月目    

 

今回は続きものなので、13話を先に読むことをオススメします。

第13話「ブライトン旅程で少女と出会う。一瞬で消える虹色の部屋」

 

 

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ブライトンに到着。

路地に入ると、そこには老婆が手を合わせて座っていた。  

目の前には紙コップが置いてある。  

砂吹は、ポケットから小銭を取り出すと、2ポンド老婆に手渡した。   老婆は丁寧にお礼を言った。        

 

 

「意外か」  

「まだ何も言ってないけど」  

「おれだって全員に入れるわけじゃない。年寄りだけだ」        

 

 

宝くじに当たっていることとは、関係ない。  

暗に、そう言いたいのかもしれない。  

短い付き合いだけど、それくらいは分かる。

 

 

「そもそも、若いのにただ座ってコップを置いて待ってるだけの奴は、納得がいかない。別に働けとは言わない。働けるかは分からないからだ。しかし、膝を抱えて下を向いているだけの奴に、どんな理由と共感があれば金を入れるんだ。それに引き替え、あの老婆はずっと手を合わせて、一人一人にお願いをしていた。更に2回も礼を言った」  

そうだね、とわたしは言った。  

「人間、何かしらの能力を金に変えて生きている。技術、体力、社交性、時にはそれは、丁寧にお願いすることかもしれない。神様ってのが本当にいるんなら、金に変える能力を、一人ひとつくらい与えているもんだ」        

 

 

その時、私たちの背後から突然、背の高い男が声をかけてきた。  

細身だが、190cmほどあるだろうか。  

灰色のトレーナーは汚れている。  

使い古されたキャップを目深にかぶっているせいで、目元は黒くつぶれている。        

 

 

「金をくれ。少しでいい」  

砂吹がゆっくりとわたしの方に向き直る。

が、ぎこちない。

油の足りないロボットが、ぎぎぎぎ、と動いているようだ。  

 

 

「こいつは、金を脅し取る能力を与えられたらしい」  

格好つけてはいるが、内股になっている。        

男はそれから慌てたように、しかし丁寧に、自分の置かれている状況を説明した。  

「頼む。必ず返す。£10でいい。それがダメなら洗剤を買ってくれ」  

 

 

「洗剤?」  

「ほらみろ。こいつは、洗剤を金に変えることができるんじゃないのか」        

おまえはマジシャンかと英語できいてみろ、と言っている砂吹を無視して「どうして洗剤が必要なの」とたずねる。  

「とにかく、洗剤がいる。大量にだ。おれは、全財産入った金の袋を落としてしまったんだ。たいした額じゃないが、文字通り£1もない。頼む。洗剤と、あとできでば……」  

 

 

できれば欲しい、と言ったその後の物が、アルコールだとかグリセリンだとか、よく聞き取れなかった。  

メモを渡してスペルを書いてもらったが、それでもこれが何なのかはすぐには分からなかった。        

「いいじゃない。洗剤なんて安いもん」  

「いやだね、こいつは年寄りじゃない」  

 

 

「こんなにお願いしてるのに? さっきの老婆と何がちがうのよ」  

「いやなもんはいやだ! 助けたいならお前がやれ」  

ここまでくると、もうどうにもならない。        

土地勘のない場所で洗剤などを買うのは大変そうだと思い、言われるがまま£10渡した。  

 

 

男は何度もお礼を言った。  

「金は必ず返す。今日の午後3時に、この場所へ来てくれ」  

男はその場で書いたメモを渡し、そして立ち去った。  

 

 

「グリセリン、糊、PVA だってさ。何に使うんだろ」  

「何の話だ」  

「さっきの人が、できれば欲しいって言っていた物。薬品か何かかな」  

砂吹は携帯画面に示されたそれらの材料を見て、にやりと笑った。    

 

 

「こいつはきっと、毒薬の作り方だな」  

「なんでまた」  

「PVAだぞ? ポイズン、バイオレンス、アクションだ。きっとそのメモの場所に行くと、新たな仲間が待っていて、身ぐるみはがされるにちがいない。£10で済んだと思って、これ以上首を突っ込むな」  

アクションってなんだよ、と呆れる。

 

 

悪い人には見えなかったが、なぜ彼は洗剤が必要だったのだろう。  

そして、なぜ焦っていたのだろう。  

PVAをよく調べてみると、ポリビニルアルコールのことだった。

洗濯のりに良く使われるらしい。  

 

 

洗剤と洗濯のり?

クリーニング屋さん?

あんな汚い格好で?

謎は深まるばかりだった。        

 

 

 

 

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