第13話「ブライトン旅程で少女と出会う。一瞬で消える虹色の部屋」

 

3人目の仲間に会いに行くからチケット
を取れ。そういって砂吹が指定した場所
はブライトンという南の町だった。最近
は英国らしからぬ晴れ間が続いている。  

 

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作家志望、24歳、ロンドン2ヶ月目    

 

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ロンドンから電車で1時間ほど行くその場所は、イギリスの最南端。

ちょっとしたリゾート地で有名のようだ。  

海岸沿いのpubで飲んだり、ビーチでゆっくりできるらしい。

それはたしかに気持ちが良さそうだ。        

 

 

砂吹はもったいぶって、3人目の情報を何も教えてくれない。  

どうやら彼、もしくは彼女は、今ブライトンの語学学校に通っていて、もうすぐ卒業するらしい。

来月からロンドンで一緒に生活することになる。  

今回は顔合わせと、砂吹がその人にもあらかじめ日記を渡しているので、それを回収するのが目的のようだ。  

 

 

わたしの夢は物語を書いてご飯を食べていくこと。メンバーの日記を見ながら、実際にここイギリスで起きたことをこのブログに書くのが、今の仕事です。        

「ただでさえネタがないようだから、話題を提供してやるんだよ」  

相変わらず恩着せがましい言い方だ。  

先日pubで飲んだ際、ビール2杯でつぶれて仕方なく連れて帰ったばかりだというのに、もうその恩を忘れている。        

 

 

ロンドンの中心地、London Victria stationからBrightonまでは、あらかじめチケットを取っておけば、たった£10で往復できる。  

しかし急に思い立って行こうと思うと、2〜5倍くらいかかってしまうこともある。   チケットを取るのに便利なアプリはこちら。

        www.thetrainline.com        

 

コーヒーを2つ買って電車に乗った。

新幹線とまではいかないが、イギリスのNational Railの車内は綺麗だ。  

足元も狭くはないし、机も付いている。

圧迫感もないし、なにより外を走るから、天気が良いだけで気分があがる。  

 

 

砂吹が寝不足だというので、窓際を譲る。  

通路を挟んだ反対側の席には、10歳くらいの女の子と、その母親と思しき人が座っていた。        

女の子の柔らかそうなブロンドの髪は胸下まで伸びていて、目が合うとそっと微笑んでくれる。  

外国人は、目が合うとみんな笑ってくれる。  

 

 

つられてこちらも笑いながら、日本にはない習慣だなと考える。  

日本人も、知らない人同士でこんな風に笑い合えたらいいのに。

そう思う一方で、なぜだろう、想像してみても、ちっともうまくいく気がしないのは。        

 

 

ウインクとかサングラスとかと同じで、ただ似合わないだけなんじゃないかな、と勝手に思っている。  

誰に悪気があるわけでもなくて。  

ただ、身の丈に合わないことはしない。それがわたしの信条だ。  

でも、郷に入ってはというのもわたしの信条だから、ここイギリスでは、目が合えばニコッともするし、眩しければサングラスもかけるかもしれない。        

 

 

次の瞬間、女の子は微笑むだけにとどまらず、話しかけてきた。  

「ねえ、クイズね。虹色のきれいな部屋に、今あなたはいます。でも、わあ素敵って喜んだ瞬間、それは消えてしまうの。なぜでしょう?」  

あまりに突拍子のないクイズに戸惑う。英語も正しく聞き取れてるかも怪しいのに。

なぞなぞか、もしくは心理テストのようなものだろうか。  

 

 

なるべく平静を装って答える。        

「うーん、なんでだろう。日本の花火も綺麗だけど、すぐ消えてしまうよ。それとおんなじ、とか?」  

「イギリスの花火もそうよ」  

そんなつもりはなかったが、花火が日本古来の物のような言い方になってしまったんじゃないか、と考える。

 

 

日本の花火技術は高いらしいのだけど、発祥はたしかヨーロッパなのだ。  

彼女の表情が曇ったので、思わずそんな風に邪推してしまう。        

女の子はふと思いついたように小さなバッグを漁り、紙とペンをこちらに寄越した。

  「ねえ、私は漢字に興味があるの。花火って、どうやって書くの?」  

 

 

へえと思い、私は紙に  

 

花  flowers

火  fire

花火 fire works  

 

と書いてあげた。  

 

 

女の子の顔はパッと明るくなり、「たしかに、お花みたい!」と言った。        

それから、  

 

桜  cheree blossoms  

紅葉 autumn colours  

 

と書いた。  

 

 

「花火や桜、紅葉もそう。美しいものは、短い命だといわれているんだよ」        

最後に  

 

儚い  

 

と書いた。

日本独特の美しい表現だと思って書いたのだが、ぴったり来る英語が何なのか、分からなかった。        

携帯で調べて、結局、  

 

儚い fleetind, short lived  

 

と書いてみた。

時間が短い、移ろいゆく、といった説明をした。        

少し調子に乗り過ぎてしまったかもしれない。  

人の夢、と書いてそんな意味を持つ漢字を、果たしてこの子に教える必要があっただろうか。  

 

 

それでも彼女は満足そうにしていた。        

「それで? なぞなぞの答えは?」気になって訊ねてみる。  

「答え? ああ、実は私も知らないの」  

女の子はきょとんとした顔で答えた。

 

 

「これ、昔パパと遊んだ時の思い出なの。でも、あんまり覚えてないの」        

そこではじめて、母親と目が合った。  

同じようにこちらを見て微笑んでから「その辺にしておきなさい、お姉ちゃん、デートなんだから」と言った。  

わたしは間髪入れずに「彼は弟です」とそれはもう快活に答えた。  

 

 

隣で砂吹が「誰が弟やねん」と気色悪い関西弁でつぶやく。        

母親の無言の圧力のようなものを感じ取ったのか、女の子は静かになってしまった。  

その後少しして、そっと体を寄せて、内緒話をねだるような格好をしたので、わたしも耳を澄ませる形になる。  

「大切な、思い出なの。今は会えないし、どこにいるのかも分からないの」    

 

 

女の子は体をシートに戻してからひとり、哀愁にも似た、年齢と不釣り合いな表情を浮かべた。  

つらいことが、たくさんあったのかもしれない。  

母親がたしなめた事実とも、辻褄が合う。  

幼い時の微かな思い出をたよりに、お父さんを探しているのかな。        

 

 

「きっと会えるよ。会えるといいね」  

無責任だと分かっていながら、彼女の耳元でそう呟いた。  

わたしの声はきっと母親にも届いていたが、彼女は眉ひとつ動かさなかった。                

 

 

ブライトンに到着するアナウンスが流れた。  

砂吹を起こす。  

彼女たちは、もうひとつ先の駅に住んでいるらしい。        

あれから、車内で時間を持て余したわたしたちは、メモ帳を正方形に切って、一緒に折り鶴をつくって遊んだりしていた。

 

 

はじめて織ったその鶴を、その子は電車を降りる際に手渡してくれた。  

大事にするね、と言って女の子に別れを告げた。                

「おまえは、本当に余計なお世話が好きだな」  

電車を降りるなり砂吹は言った。寝た振りして、だいたいの話を聞いていたのだろう。悪趣味な奴だ。  

 

 

「砂吹がヘムにしたことだって、同じようなお節介じゃない」  

「お節介ついでに教えてやろう。ブログの名前を『蝉フィクション』というのにしたのも、今日の話と関連があった」        

「どういうこと」  

砂吹はわざとらしく咳払いをする。  

 

 

「蝉の一生は、儚い。人間はそう思っているが、人間の一生もまた、短くて一瞬だ。テレビドラマのフィクションのように、自分が死んだところで、実際の事実とは一切関係ありませんといって、何事もなかったかのように世界は続いていく」  

だから、いっときも無駄にはしてはいけないんだ。特にイギリスにいる、今、この時間は、と砂吹は言った。        

へえ、そんな意味があったのか。  

変なタイトルだと思っていたが、今日の女の子との出会いのせいなのか、いいじゃないかと思ってしまう。  

 

 

「そういうことに、今決めた!!」  

「今決めたんかい」        

そう言った後で、気色悪い関西弁が移っていることに気が付いて、自己嫌悪に襲われる。  

もう二度と使うまい、大阪人を怒らせてはいけないと、わたしは背筋を正した。  

 

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ブライトンに到着。   空は、ロンドンより青く感じる。  

 

 

 

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