朝起きると、砂吹のベッドに美女がい
た。彼女は下着姿で寝ぼけたふりして
砂吹の携帯を盗む。追跡機能で追いか
けたが、そこに屈強な黒人が現れる。
作家志望、24歳、イギリス3ヶ月目
つづきものです。お時間のある方はこちらから。
第30話「目覚めるとベッドに金髪美女が。そして携帯を盗まれる」
「急げ、時間がない」砂吹の出した謎の指示にわたしたちは従うことになった。
直後、広末くんは、携帯を持ってるであろう女の子、その子を囲むようにしている黒人2人がいる場所とは、反対方向へと走っていく。
回り道をして、挟み撃ちにするためだ。
なぜわたしがこんな役回りを。
「いいか三井。おれなんかに言い寄られるのは不本意だろうが、覚悟を決めろ。いくぞ」
もう役に入っているつもりなのか、一段低い声で、砂吹が見つめてくる。
あまり正面からまじまじと見ることがないが、本当に顔だけは整った奴だ。
イギリスで、常識と紳士的なマナーを習ったら、案外モテるのではないか。そんなことを考えるが、今はそれどころではない。
よし今だ、という砂吹の合図とともに、わたしは「きゃっー」と精一杯の悲鳴を上げる。
その瞬間、砂吹が私を強引に路地の通りに引っぱりだし、彼らの見える位置で、強引な壁ドンをするように迫ってくる。
砂吹が女性を口説くような、簡単な英語を並べてくる。
「You are mine,, You are beautiful,, 」とか真剣な顔で言うもんだから、「触らないでよ!」などと抵抗を見せる演技に加え、笑いをこらえるという仕事まで増える。
早く、広末くん……。そう願った瞬間、反対側から威勢の良い声が聞こえた。
「おい、てめえ! こんなとこで何やってんだよ! また悪さしてんだろ。今日という今日は許さねえからな。もう警察も呼んだからな」
広末くんは、明らかに黒人2人組に向かって指をさし、言葉を放っている。
昨日話した、あれだ。遠くの友人に挨拶をすると、挟まれた見知らぬ人が「え、おれ?」と勘違いするやつだ。
もし、相手が怯まなかった場合、奥のあいつらに言ったんだと説明すれば大丈夫だ、という砂吹の無謀過ぎる作戦。
広末くんの英語は、学校に通った成果もあって、なかなか流暢だ。
なにより、いつもおっとり話す彼からは信じられないほど、腹から太い声が出ている。まるでヤクザ映画で見るようなタンカだ。
恥ずかしい思いをしたことが、意外に気持ちを昂らせているのだろうか。復讐が、意外な形で叶うこととなった。
無謀な作戦に思えたが、あることをきっかけに、意外にも相手は顔色を変えた。
その直後、なんとパトカーのサイレンが鳴ったのだ。
偶然か、それとも広末くんが本当に警察を呼んだのだろうか。
そのサイレンを合図とするように、くそっと言って2人組は逃げ出した。
彼女が一人になるのを確認してから駆け寄り「今なら許してあげる、朝あなたが奪った携帯を返して」と言った。
彼女は、ゆっくりとバッグに手をつっこみ、砂吹の携帯を取り出した。
広末くんが「よし逃げろ」と言ったので、ここ数年稀に見る猛ダッシュで現場を後にする。
「ここまで来れば、大丈夫ですかね」広末くんが息を切らす。
「もう、心臓が飛び出すかと思った」危ない橋を渡ったんだ、という実感が遅れてやってくる。
「おれの作戦で万事うまくいったな」
自信満々の砂吹に、「偶然のサイレンに救われただけじゃない」と指摘する。
「あれ、偶然ではないですよ」広末くんがケロッとした顔で言う。
「え、どういうこと?」
「反対側へ回り込んだ時、お巡りさんがいたんですよ。なんか、おっとりした、虫も殺せなさそうな警察官で。でも、パトカーの前に立ってたんで『ねえお願い、1分後にサイレン鳴らして、ほんの5秒くらいでいいから』って頼んだんです」
「なにそれ、すごい!」
「よくそんなの引き受けてくれたな」
「これから彼女にプロポーズするから、その演出なんだ、お願い! って言ったら、ウインクして引き受けてくれましたよ」
「さすが海外。でも助かったわ」砂吹も安堵している。
「ちょっと待った。お巡りさんがいたんなら、全部事情を説明して、一緒に来てもらえば、全部丸くおさまったんじゃないの」わたしは核心に触れる。
広末くんが「だって言いたかったんだもん」と悪そうな顔をする。「Fack off!! って」
今度こそ膝の力が抜けて、その場にへたり込みそうになる。
「せっかくの復讐のチャンスだったもんな」砂吹がけらけらと笑う。
取り返した携帯を砂吹に渡すと、サンキューと受け取った。
「結局、なんでこんな古い機種なんか取ったんだ」
「携帯やカメラは高く売れるんですよ」
盗みやひったくりを働かなくては暮らしていけない国なのだろうか、と思いを馳せる。かといって、犯罪はいけないことには変わりはないのだけれど。
「今度また美女がベッドに勝手に潜り込んできたらどうすんの?」私は、子どもが悪さを繰り返さないように諭す母親のように、砂吹に問いただす。
「携帯とられないように、その場で美女を抱きしめて離さない」砂吹は誇らしげに言う。
「それ、犯罪だから」
砂吹が得意げにな顔で言う。「間違えたって言えば、大丈夫だろ」
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