この世には、不可抗力という言葉が
ある。未然に防げる犯罪と、防げない
犯罪がある。次にまた金髪美女がベッ
ドにいた場合一体どうしたらいいのか。
宝くじが当たった無職、20歳、イギリス3ヶ月目
今回は続き物なので、こちらから読むことをおすすめします。
男女混合、二段ベッドのドミトリー。
そこに、男が期待するような甘い妄想は皆無だ。
アジアを旅した経験から言えばそうだった。
同じ部屋の人と会えば話したりはするが、それ以上も以下もない。連絡先を交換しても、以後連絡を取ることはめったにない。
そのはずが、この美女大国ラトビアで、事件は起きた。
朝、薄いカーテンの隙間から光が差し込み、長い髪が頬をくすぐる。
うっすら目を開けると、金髪の美女の小さな顔が、覆い被さるような近さで、そこにある。
パニックを起こさないように、冷静を取り繕って訊ねる。「なに、してんの?」
彼女は眠たそうな目をこすりながら言った。
「間違えました」
間違えた、とは。
中学校の頃は、昼休みになるとサッカーをしていた。
よく相手チームにパスをする、クラスの変わり者がいた。
彼は、勉強はできたが体育は苦手だった。
その彼はミスをするたびに「間違えた」と言っていた。
周りの味方は、「おいよく見てパスをしろ」だとか「焦らなくていい」とアドバイスをした。
しかし彼は、相手チームにパスをしては、謝るわけでもなく「間違えた」と言っていた。
これは、自分の技術がないからパスを失敗しているわけではなく、飽くまで相手を味方チームだと勘違いしてパスをしてしまったのだ、という主張なのか? 友達と顔を付き合わせ、そのことについて真面目に議論したこともあった。
だが結局、頭の良い奴の思考は分からない、という頭の良くない答えに辿り着いた。
中学の時の記憶まで瞬時にトリップしたのは、寝ぼけていたからであろう。
そんなお門違いな「間違えた」であったのだが、「なんだあ、間違えちゃったのかあ」とまた瞼を閉じた。
彼女はタンクトップに下着姿で、これが夢ではなく、現実だったらいいのにと願った。
目覚めると、それは現実だった。枕元で充電していたはずの携帯電話がなくなっていた。
「あんたバカ? 男がガーガー寝ているベッドと自分のベッドをどうやったら間違えられるのよ」
三井のキンキンした声が、二日酔いの頭に響く。
「顔は、覚えてないんですか」広末くんの問いに、記憶を辿る。
「下はパンツしか履いてなかった」
顔だって言ってんでしょ、と三井が憤る。
顔は覚えていない。
欧米人が、日本人と韓国人を見分けられないように、おれ達もまた欧米人の顔は一瞬で判別がつかない。金髪美女は、それでひとくくりだ。
「覚えてたとしても、もうこの宿にはいない可能性が高いですよ」
「今、わたしたちにできることと言えば……」
三井と広末が顔を見合わせ「iPhone を探す!」と言った。
そんなこと分かってるんだよ、と思ったが、彼らが言ったのは、iPhoneを追跡する機能のことらしかった。
三井の携帯から、自分のiCloudにログインする。
すると地図が現れ、携帯の現在地が現れた。
まだこのドミトリーの近く。リガ市内で、徒歩圏内だ。
「おい野郎ども、40秒で支度しな」威勢良く号令をかけたが 「パジャマなのはあんただけ」と三井がおれのジーンズを投げつけた。
小走りで市内に向かう。およそ10分くらいだろうか。ラトビアはまだ初日で土地勘がない。今いる場所がどの辺りなのか、見当もつかない。
「初めてですね、こんなタイプの観光は」
「スリルがあっていいだろ」おれは軽口を叩く。
「見つけたところで、何て言って返してもらうのよ」三井はいつでも現実的だ。
「This is mine!! This is mine!! You are beautiful!! 」
そう叫ぶと、三井がこらえきれず噴き出し「本当バカ」と困り顔で笑う。
短いトンネルを抜けると、狭い路地へと続いていた。
人気が途端に少なくなる。昼間だというのに暗い。
換気扇や排気口が並んでいるのか、空気が悪い。
「ちょっと止まって」三井が声をひそめた。
「地図によると、そこの角を曲がったあたりを示してる。いる?」
滑稽だとは思ったが、おれはハリウッド俳優が敵を確認する時にするように、通りの角からゆっくりと片目だけ出して様子を伺う。
「間違いない、彼女だ。一人だ」
「何やってるんですかね、こんな薄暗い所で」
「さあ。誰かを、待ってる、とか?」
広末くんも金髪美女を確認して、冷静に状況を考える。
「なんか、普通の子ですね、服装も。そもそも、携帯を盗難したら普通、中のsimを抜き取って、電源を抜くのが常套手段です。iPhone を探すで追跡されないようにね。電源が入ったままだから、僕らはここまでやって来ることができた。だからきっと、常習犯ではないと思います」
「まるで君が常習犯のようだよ広末くん」その呼びかけに答えないところが恐い。
「でも、こっちは3人、向こうは1人。とりあえず出て行って、強く返してと言えば、返してくれるんじゃない? 物騒な武器を持っているとも思えないし」
「ダメだ、一足遅かった」おれはタイミングを逃したことにちっと舌を鳴らした。
「とても物騒な武器を持っていそうな感じの男が2人、現れた」
「どういうことよ」
「一人か二人は殺していそうな」
「あのね、黒人だからってそういう偏見は」と言って三井が初めて顔を出し、
「あれは、ヤバい」と言った。
「同じ人数になっちゃいましたね」
「バカな、同じなもんか。黒人1人あたり、おれ17人くらいの戦闘力だ」
「どうしましょう、隊長」三井が珍しくおどけてみせる。余裕がない証拠かもしれない。
そこに、あるひとつの考えが閃いた。
「おい、広末くん。これはチャンスだぞ」
何の? という顔を向けてくる。
「今こそ、復讐の時だ。昨日言ってたじゃないか。恥ずかしい思いをしたんだろ」
次回、第31話。無謀な作戦に挑む。
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