一時帰国。いざ帰るとなると、やり
たいことも結構ある。実家に顔を出し
て、僕はむかし使っていたフィルムカ
メラを押し入れから引っぱり出した。
カメラマン、33歳、イギリス7ヶ月目
先日、珍しく朝食で4人全員が揃った。
「日本に帰りたい人」と砂吹が突然手をあげて、挙手を求めるようにした。
「紅茶飲む人いる?」くらいの軽いノリではあったが、思わず手をあげたのは、ミムラ以外の3人だった。
ヘアメイクとして活動しているミムラは、今は少しでも多く撮影に顔を出したいからという理由で、一人残ることになった。
旅費は全部出すから、滞在費と向こうでの金は各自で工面してくれ、と砂吹が言った。
10日間の日本滞在。
ロンドンは厳しい寒さが続くが、日本はまだ秋。
今週は20度をこえる日もあるらしい。
一時、避難したい。
日本での時間も有効に使えるかもしれない。
ーーー
遠いと思っていた、日本とイギリス。
思い立ってから2日後には、僕らは成田に着いていた。
到着した日は実家に顔を出そうと思っていた。
家には最初、父だけがいた。
自分の部屋の押し入れに頭を入れ、さっそく引っぱり出したのは、フィルムカメラ。
遠い昔、空の写真家HABUさんに影響されて買った、NIKON F3
HABUさんの個展に行って、たまたま在廊していてお会いできて。
F3を使っていると聞いて、中古で手に入れたのが、たしか20歳の時。
あの時は、露出もISOも知らなかった。
見つけ出したF3には、あろうことか、なんとフィルムが中に入ったままだった。
もう10年以上前のフィルムだ。
父が新聞を読んでいたので、僕はイギリスで買って来た紅茶を淹れる。
「10年前のフィルムが出てきたんだけど、現像できると思う?」
父はこっちを見ずに、無理じゃないの、と言った。
こういう時の父の言葉はいつも根拠がない。
ただ、だいたいは合ってることが多い。
ネットで調べると、カラーフィルムはだいたい2年くらいが使用期限だと書いてある。
そして、中に入っていると思しきSolarisというフィルムは、2013年に生産終了になっていたこともわかった。
父の話が根拠のないのないものだと分かっていても
僕は自分の都合で、聞き入れてしまう時がよくあった。
たとえば、フィルムの現像が面倒だな、と感じている今も、
どうせ写ってないのなら、お金も時間もかけるだけ無駄だな、と考えている。
取り出したフィルムを、一度はゴミ箱に入れた。
しかし、パソコン上のデータをゴミ箱に移すのとは、まったく違った重みがそこにはたしかにあって、
しばしの睨めっこの後、僕の手はそのフィルムを拾っていた。
何を撮ったかも覚えていないフィルムなんて、素敵じゃないか。
そんな思い直りの良さよ。生産終了しているフィルム、というのも貴重に思えてくる。
イギリスに戻る前に受どうしても受け取りたかったので
その日のうちに現像に出しに行った。
撮った覚えのあるような、ないような。
不思議な感覚だった。
自由すぎる構図。
たしかに僕の撮ったものだ。
漂う昭和感。
誰。
やっぱり空の写真が多かった。
空撮っとけばいいと思ってたし、なんなら今でも思ってる。
粒子が荒いのは、フィルムの劣化というより、ISO800を日中ガンガン撮っていたせいな気がする。
機材何使ってるんですか? とカメラマンに訊くと
みんな揃って、どんな写真が撮りたいの、と言う。
撮れた写真が好きか嫌いかは分かるけど
どんな写真を撮りたいか、と言われると、ずっと分からなかった。
フィルム。
フィルム風に加工できるデジタル。
ゼロから写真を作れる。
いっそCGでいいじゃないか。
写真が何だか分からなくて社カメをやめて。
イギリスに行って、とりあえず分かったことがある。
そこにどんなストーリーがあるのか。
それが今は、どんな写真を撮りたいかに繋がっている。
気がするたぶん。
とにかく今は、日本でしか撮れない風景を撮ろう。
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