第61話「年越し蕎麦は、ソーキそば。竹富島と戦艦大和じいさん」

楽しみにしてたソーキ蕎麦。最後
くらい気持ちよく過ごしたいのに
、どうやら心まではスープのよう
にすっきりとはいかないようだ。

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作家志望、24歳、イギリス7ヶ月目、一時帰国中

 

大晦日。竹富島。

年越し蕎麦はソーキそばと決めてから

絶対に失敗したくないと砂吹は美味しいお店を探してまわる。

(小さな島だから多分そんなに選択肢はないと思うよ)

 

 

「ねえ砂吹、知ってた? 男の人がいつも地元の同じ店に行きたがるのは、縄張り意識が強いからなんだって」

「知ってたか小娘。女は新しいものが好きで、いつもちがうものを食べては美味しいの不味いのと一喜一憂するのが趣味なんだ。それは果たして食事か? 会話だろう。美味しい不味いで盛り上がれるならその辺の草でも食っとけ」

「2020のきみの目標は歯に衣着せるに決定」

「おれの歯は常にタキシードを着て正装してる。ただ紳士だって人を選ぶのだ。はっはー」

 

 

紳士は誰にでも優しいっつーの。

小道を歩いていくと、つなぎを着たおじいさんがベンチに座っていた。

「どこ行くの?」

「ソーキまで蕎麦を食べに」砂吹が謎の回答をする。

 

 

「それならここが美味しいよ」

しわしわな手が、ゆっくりと目の前の店をさした。

「あ、さてはじいさん、ここの回しもんだな」

ちがうよ、と手をふるふるする。

 

 

日に焼けた肌は艶やかで、90歳を超えていると聞いた時には驚いた。

歩くのや話すのはゆっくりだけど、どこか矍鑠(かくしゃく)としている。

「昔はね、大和の副操縦士だったんだ」

みんなで、大和ってあの戦艦大和? となる。

 

 

「すげーなじいさん! その話、もっと聞かせてくれよ」

砂吹は珍しく少年のような顔をする。

一方で広末くんは、微笑みながら、どこか困ったような顔をしていた。

「ちょっと、砂吹。そんな無理やり……」

 

 

するとその時、奥の引き戸が突然開いた。

お店の人と思しきおばさんが出てきて、おじいさんに話しかける。

「今日はどうしたのー?」

「ちょっとね、お蕎麦を食べに」

 

 

そして、おじいさんを連れて、裏口から中に連れて行ってしまった。

驚いたのは、おばさんが、わたしたちとは話すどころか、目も合わなかったことである。

「おうおう、2019最後に透明人間になってしまったようだ。今夜はいっちょ、女湯でも覗きに行くか、広末くん」

「見えてるから大丈夫ですよ」

 

 

へそを曲げるかと思った砂吹だが、先頭きって正規の入り口を開けて

3人でーす、と言って席に着いた。

 

芸能人のサインもいっぱい。

 

3人で蕎麦を頼む。

 

「出汁うまー」とわたし。

「おいしいですね、麺も」

「スープが澄んでる、おれの心のように」

思い思いに感想を口にする。

 

 

さっきのおじいさんはといえば、カウンターで、一人静かに蕎麦を啜っていた。

入店してから、注文して、最後に食べ終わるまで、ついに目さえ合わなかった。

さっきまであんなに楽しそうにおしゃべりしてたのに。

なんだか、本当に透明人間になってしまったかのような寂しさがあった。

 

 

「いやー、うまかったな」

「本当に! 最高の年越し蕎麦でしたね」

「でも、あのおじいさんに、バイバイ言えなかった」

わたしが塩らしくしてると、

 

 

「まあ、あんな物乞いじじいのことは気にするな」

砂吹の言葉に、えっ、となる。

「気がついてたんですね」と広末くん。

どういうこと? 一人だけ、意味がわからず、混乱する。

 

 

「おれはさっき、じいさんが腹減ってるなら一緒に飯でも、と思ったんだ。もっと話が聞きたかったし、旅っぽいだろ。それを、あのおばちゃんは、許さなかった。客にたかるよりは、と奥で蕎麦を食べさせた」

いつものことなんだろ、と素っ気なく言った。

「あーあ、そうなってくると大和の副操縦士っていうのも怪しいなー」

「いやまあ、まだそうと決まったわけじゃ」広末くんはフォローしつつも、あの時困って首を傾げていたのは、そういうことだったのかと思う。

 

 

「そりゃあそうだよな。大和が活躍したのは終戦前1945年まで。あのじいさんが仮に95歳だとしたって、20歳で大和の副操縦士なんてなれんのか。まあ、どうでもいいじゃないか諸君! おれは旅にケチがつくのが一番嫌いなんだ。考えんのやーめた」

砂吹が勝手に自己完結するときは、実は結構機嫌が悪い。

まださっきのように、わたしを罵ってるの時のほうが機嫌はいい。

(もちろん人間的にはどうなのかと思っている)

 

 

 

「なんだかなー」小石を蹴りたい気分だけど、見つからない。

せっかく大晦日なのに、という気持ちが、考えるより先に言葉のため息となって吐き出される。

「多分、嘘ついてるとか、そういう意識はないんですよ」

一人でトコトコ先を歩く砂吹を、広末くんとわたしはゆっくり追いかける。

 

 

「ただ人間って、同じ嘘をつき続けてると、本当にそうだったのかも、と思うようになって、最後は自分の中で事実にしちゃうらしいですよ」

いやでも、本当に副操縦士だったのかもしれないし、と広末くんが付け足す。

この話に答えは出ない。おばさんだって、わたしたちに悪いと思ってそうしたのだと思う。

 

 

「2020の目標は?」わたしは急な質問に切り替える。

「機嫌を損ねた人を一瞬で元に戻す手品、を取得します」

そういって、砂吹の背中に向かって呪文をかけるように、手をにぎにぎした。

 

 

砂吹がふりかえって、遠くで呼んでいる。

広末くん、これを撮っておいてくれ、と地面をさしている。

水たまりには、太陽がきれいに反射していた。

撮った写真をモニタで砂吹に見せている。

「おお! さすがー、もう、おれのセンスといったら」

本当に、単純な男だな。

「もう来年の目標、達成でいいんじゃない?」

 

 

 

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