第17話「あえて良く思われない第一印象のススメ」

分の本当の性格と相反して他人の評価
がいつも高
い。ハウスメイトと合流したが、
また誤解されている気がする。失敗した。
第一印象は、良い方が良いとは限らない。
   

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カメラマン、32歳、イギリス2ヶ月目    

 

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「ねえ、なんであの時、わたしが隣から声かけるのが分かったの?」  

ブライトンの海岸沿いを3人で歩いている時、三井さんが訊ねた。  

これからロンドンで一緒に住むことになる女の子。

前髪は一直線に切り揃えられていて、色素の薄い髪を高い位置でお団子に結ってある。丸い顔には愛嬌があり、薄い唇からは放たれる言葉は、なぜか砂吹さんに対しては辛辣で、僕には優しい。  

 

 

「えっと、どういうことかな?」        

「あの時、しゃがんで写真を撮っている広末さんに、わたしは後ろからそっと近寄って行ったの。で、隣まで辿り着いたけど、カメラを覗いていたから、わたしの姿は見えないはずでしょ? なのに、気が付いて声をかけてくれた。何か特殊能力でもあるの? ハンターハンターの円、みたいな」  

「おまえは漫画じゃなくて小説を読め」  

うるさい、と三井さんが嗜める。

 

 

僕と砂吹さんに対しての扱いが違い過ぎて、二重人格みたいだ。  

「ああ、それはね、僕は写真を撮る時、両目を開けているから」        

「え、片目つぶらないの?」  

「うん、右目はファインダー、左目は普通に周りの景色を見てる。こうすると、右目に意識した時は普通に撮影範囲が見えていて、左目に意識した時にはその外の景色が見えるんだ」  

 

 

「なんだか、難しそう」  

「最初はね、慣れると楽だよ。写したくない通行人とかが、どのタイミングでフレームインするかとか、見えてると結構便利なんだ」        

でもさ、と僕は続けて、大袈裟にならない程度に驚いたふりをする。

「突然話しかけられた女の子が、これからハウスメイトになる人だとは思わなかったな」  

 

 

「分かったら本当にエスパーだよ」  

「砂吹さんも人が悪い。どうするんです? もし僕の機嫌が悪くて、どうせ通りすがりの人だと思って、邪見に扱っていたら」  

「そうなったらおもしろいと思ったんだおれは」

「残念でした、完璧な第一印象だったよ。砂吹とは雲泥の差」

 

 

それは良かったと言いながら僕は、内心では失敗したなと考えていた。  

通りすがりだと思ったから優しくしたんだ。  

もし、これから一緒に住む相手だと分かっていたら、邪見にまではしないまでも、もう少し控えめな態度を取っていただろう。

 

 

人は最初の3〜5秒で相手の印象を決める、という有名な話がある。

なので第一印象はとても大事だ、ということが、世間では当たり前のように言われている。  

しかしそれは飽くまで、初めて知り合った者同士が、その後も付き合いをするかどうか分からない時にのみ、有効なのだ。        

 

 

これがもし、学校のクラスや会社の配属先、今回のようなハウスメイトなど、ある一定期間、強制的に顔を合わせなければならない場合は、その限りではない。  

これを僕は、強制的な出会いと勝手に呼んでいる。  

パーティや合コンなどは、もちろん強制的な出会いではない。今後も付き合っていく人たちかは分からない。この場合、第一印象は重要になる。  

しかし、強制制的な出会いの場合、第一印象は、悪いくらいが丁度いい。        

 

 

それはなぜか。第一印象が良いと、そこからが大変なのだ。  

相手の抱いた印象を、ずっと演じ続けなければならない。  

その印象とは、等身大の自分かもしれないし、それ以上かもしれない。  

一度でも気を抜いたりすると、「あの人って実は」となり、それは光の速さで噂として広まる。        

 

 

もし第一印象が、あまり笑わず、多くを語らないタイプだったら。  

とっつきづらい、と思われるかもしれない。  

しかし、共に過ごす中で一度でも、良い場面を見せたらどうだ。  

 

 

無口だけど、意外と気が利くんだ。

無表情だけど、優しい人なのかもしれない。

ああ見えて、動物が好きみたい。

一度話すと、結構良い人だってわかるよ。        

 

 

どちらがいいかは一目瞭然だ。        

と、こうやって腹黒いことを自然と考えてしまう自分が、昔からいやだった。  

二重人格は、僕の方かもしれない。

 

 

高校生の頃、ハリーポッターが初めて映画化された。  

ひとつだけ魔法が使えるとしたら、どういうのがいいだろうかという話になった時だ。  

友達は、葉っぱを一万円札に変える魔法だとか、透視能力を身に付けてこの夏はプールの監視員のバイトをするだとか、今思えば高校生らしい健全な発想だった。  

僕は、透視の度合いまでは使いこなすことができず、プールサイドで女の子たちの心臓の鼓動や筋肉の収縮を見ている友達を想像していた。  

 

 

広末おまえは? とふいに訊かれて、僕はスカートがめくれる魔法、と答えた。  

パンツだけでいいのかよー、控えめだねえ相変わらず、とみんなは笑った。  

別に、パンツが見たいわけではなかった。    

 

 

当時僕が好きだった子は、清楚な感じで、しかし芯のある人だった。  

下品な話は嫌いで、正義感が強く、言いたいことは言うタイプだ。  

彼女はこの前の体育祭の打ち上げの時に、男性に何を求めるかと質問されて、こう話していたのだ。  

気が利いて、他人の気持ちが分かる人が好き。        

 

 

僕は、考えた。  

スカートがめくれる魔法とは、風でふわっとめくれるような感じではない。  

座った加減で、外側にくしゃっと翻(ひるがえ)って固定されたような状態のことだ。

パンツが見えようが見えまいがどちらでも良かった。

 

 

なぜならこれを使う相手は意中の彼女じゃない。彼女の友達に使うのだ。        

たとえば魔法で、彼女の親友のスカートの後ろ部分をめくったような状態にする。  

そして僕は、そのスカートを直接直したり、指摘したりしない。   彼女に言うのだ。  

「めくれてるから、直してあげて」と。        

 

 

男子生徒が直接指摘したら、可哀想だ。だから関節的に伝える。

それに気が付いた彼女は僕に一目置くだろう。

僕は気が利いて、他人の気持ちが分かる人間になれる気がした。

そして思わず、そんな魔法を提案した。  

 

 

後から、自分の考えが恐ろしくなった。

周りに同調して、パンツが見えるだけで満足だ、と言った気がする。  

もちろんそんな魔法が使えるようになるわけもなかったが、僕はその子を諦めなかった。  

結果、1年ほど付き合うことができたが、なぜ別れてしまったんだろう。今はあまりその時のことが思い出せない。        

 

 

−−−−−

 

 

「広末くんは、こんな顔して、悪いこと考えてるから気をつけろ」  

砂吹さんの声で我に返る。

いやだなあ、と笑ってみせる。  

何かを見透かされているような気がしてならない。  

 

 

「砂吹のがよっぽど性格悪いよ」

三井さんがフォローしてくれる。

彼女が僕の書いた日記を見て、僕の視点でブログを書くわけだけど、いったいどう思われてしまうのだろう。     

僕らはパブにやって来て、早めの夕食とビールで乾杯をした。  

 

 

「これからは広末くんのプロフェッショナルな写真でブログを彩れる。これまでの古い携帯機種で撮られた素人丸出しセンスのかけらもない写真とはおさらばだ。よかったなコケシ娘」  

「悪かったわねセンスがなくて。誰がコケシよ、前髪だけでしょ。わたし、あんなに目ほそくないし」  

良い人たちそうだな、と安堵する。                

 

 

いつからだろう。

素晴らしい風景を見ても、何とも思わなくなったのは。  

どんな景色が、他人の心に響くだろう。  

そんなことを考えながら、シャッターを切るようになったのは。

 

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