主人のいびきで目が覚める。
スマフォのライトくらいで起きないのはわかっているけど
光の角度を気にして寝返りを打った。
午前3時。なんとも中途半端な時間だ。
天気予報をチェックして、燃えるゴミを出さなきゃ、とか、会議で話し合わなければいけないことはなんだっけ、と考えを巡らし、一瞬だけSNSを開いて、すぐに閉じた。
こんな短い間でも、布団の外に出していた右手は氷のように冷えている。
仰向けになり、お腹の上で、何に祈るというわけでもなく手を組む。
死者が棺桶の中でそうするように。
温かい左手が、冷たい右手を他人のように扱う。
あなたは誰。
なぜわたしがあなたを温めなければいけないの。
右手は、申し訳なさそうに、その温もりに甘えている。
この時、いつも思い出すことがある。
Short Film 10
「温度はひとつになろうとする」
理科の先生が机をさす。
「ここに、一皿のシチューがあります」
「ありません」
「あるとします」
「ありません」
そんな揚げ足を取りたい盛りだったから、きっと小学校3,4年生の頃だったと思う。
先生は構わず続ける。
「この熱々のシチューは、いずれ冷めます」
わたしは、それがビーフシチューなのか、クリームシチューなのかが気になった。
「ただし、この熱いシチューが冷めている時、同時に空気は温められています」
猫舌のわたしは、ほーと思う。
家でよく、熱い緑茶に氷を入れていた。
緑茶が飲みやすくなるのは氷によって冷やされているから。
と同時に、氷は緑茶に温められている。
結果、小さくなり、なくなってしまう。
その後、ビーカーで実験をした。
わたしの実験結果はこうだ。
温度は、一緒になろうとする。
お互いに、少しずつの犠牲をともなって。氷が消えてなくなってしまうように。
極端な子どもであったから、いつもその「定義」を利用した。
みんなで飼ってたうさぎが死んでしまって悲しかった時には、一方で餌やりを面倒に思っていた一部の男子が笑ってるように感じた。
自分がお腹一杯の時には、地球の裏側で食べられない人のことを思った。
クラスでカップルが生まれれば、彼らを好きだった他の誰かが不幸になっている気がした。
右手が温まるのと同時に、左手は冷やされている。
部屋が涼しくなるかわりに、地球は熱されている。
主人のいびきが突然止んで、不安になって背中をゆする。
わたしの右手は、わたしの左手によってすっかり温められていた。
それでもなお、この大きな背中はもっと温かく感じる。
この人は、君が幸せなら僕も幸せ、と言って「定義」を壊した最初の人だった。
本当に、そうだとしたら
わたしが幸せな時に、あなたも幸せであるなら
それは、結構な奇跡だと思う。
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