人とはちがうものをプレゼントした
い。過去にだいたいの物はあげてし
まった。そんな悩める人々へ。今年
は月を、大切な人と所有してみる。
作家志望、24歳、イギリス7ヶ月目
クリスマスが近付いてきた頃。
兄が入籍することになったとの知らせがあった。
どんなものを送ってあげたら喜ぶだろう。
ブリティッシュな食器やティーカップは王道だろう。
もしくは、ファッションが好きだから、ペアのブーツとか。
思い切って、ロンドンのハネムーン旅行。
いろいろ探している時、わたしは月の土地が所有できることを知った。
「ねえ、知ってた? あの空に浮かぶ月が、いったい誰のものか」
「みんなのものだろ、一個しかないんだから」砂吹はいつものように関心を示さない。
「それがさ、なんと所有者がいるんだよ、アメリカに」
わたしは意気揚々と説明を始める。
そう、月は買えるらしいのだ。
月の土地を販売しているのは、アメリカ人のデニス・ホープ氏。 現アメリカ、ルナエンバシー社のCEO
彼はある日、「月は誰のものか?」という疑問を持ち、法律を徹底的に調べた。すると、世界に宇宙に関する法律は1967年に発効した宇宙条約しかないことがわかった。
この宇宙条約では、国家が所有することを禁止しているが、個人が所有してはならないということは言及されていなかったのだ。
この盲点を突いて合法的に月を販売しようと考えた彼は、1980年にサンフランシスコの行政機関に出頭し所有権の申し立てを行ったところ、正式にこの申し立ては受理される。
これを受けて同氏は、念のため月の権利宣言書を作成、国連、アメリカ合衆国政府、旧ソビエト連邦にこれを提出。
この宣言書に対しての異議申し立て等が無かった為、LunarEmbassy.LLC(ルナ・エンバシー社:ネバダ州)を設立した。
彼は月の土地を販売し、権利書を発行するという「地球圏外の不動産業」を開始したらしい。
月を購入すると、自宅に大きな封筒が届く。英語で書かれた月の土地権利書、月の地図と、月に関する憲法が3枚入っていて、それぞれ日本語訳もついている。
「そこでね、兄夫婦に月の土地をプレゼントしようと思うの。さらにね、天体望遠鏡を送って、二人で自分たちだけの月を見るの。どう、素敵じゃない?」
身を乗り出すが、砂吹は冷たい視線を投げつける。
「いやあ、まったくもって完全にいらないだろ。いいか、現実の夫婦にロマンはそれほど存在しない。金、かね、カネ。いらないものはいらない主義だ。妹からもらった物を、妻に粗大ゴミ扱いされる、お兄さんの気持ちを考えろ」
「兄の彼女さんは会ったことあるけど、そんな人じゃないよ」
「一度や二度会っただけで、人の本性なんて分かるものか。悪い事は言わん、金が無難だ」
そんな、と肩を落とす。
兄の彼女さんは、絶対にそんな人じゃない。
明るくて、誰にでも分け隔てなく優しく、フランクに接してくれる人だ。
それこそ、月がいつも地球に同じ面だけを見せているように。
月の裏側を、わたしたちは見ることができない。
そのことを知ったのは中学生のときだ。
月は地球のまわりを公転する衛星だ。
そして、27.3日かけて地球を1週するとき、自分自身も地球のように自転している。同じ、27.3日かけて。
これは、月の重心が真ん中より偏った部分にあって、それがより重力の強い地球の方へ向いて安定したと考えられているらしい。
自転と公転の周期が偶然同じなのではなく、お互いの重力が引っぱり合って、同じ周期になるように保つ役目があるからだ。
とにかく、旧ソ連の月探査機ルナ3号が1959年に月の裏側にまわって写真をとるまで、月の裏側の様子はわからなかった。
ちなみに、月の土地を販売している会社も、ルナ エンバシーという名前だ。
購入は1エーカー、2,700円から。2エーカー買うと、連名で買うことができる。
クリスマスシーズン。
もしも月がなくなってしまったらどうしようかと気が急く。現在販売しているのは地球から見える表面だけだ。
しかしながら調べてみると、表面の販売分はあと55億エーカーもあるらしい。
月の直径は地球の3分の1以上あるのだから、それを細かく分けていけば、当たり前の数字なのか。
いつも私たちが見ている月の表面と、裏側の様子。
表面には、海と呼ばれるくぼ地が多いのに対し、裏側はゴツゴツしたクレーターが多数存在する。
天体や宇宙のことは、調べれば調べるほど不思議で
考えれば考えるほど分からないことも多い。
わたしには、結婚がどの程度現実的なものかなんて分からないが、金銭面や実用的なものは兄の会社の諸先輩方にお任せするとして、私はやっぱり私にしか送れないものを送ろうと思う。
2人分の月の土地を購入。
せっかくなので、たいそうなファイルに入った、カードも付いてるものにした。
そして、わたしが選んだ天体望遠鏡はこれ。
お手入れのいらない屈折式。
月を見るのに必要な倍率は十分兼ね備えた、ラプトル60
サプライズプレゼントは、自分では買わないものを。
一年中、押し入れに飾られないことを切に願う。
月の土地。入籍のお祝いや、クリスマスプレゼントにはうってつけだと思った。
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