STORY 7 「必要な出来事」


    

#7 『必要な出来事』







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喫茶店で、ケンカになった。

ケーキを頬張っているわたしは、色気がないと言われた。

もう何度目の言い合いか、分からない。無駄な時間だ。

好きなのに、なぜ毎回、ケンカになるのか。









A Girl Story 7
「必要な出来事」









いつも先に謝ってくるのは向こうだ。
なら、ケンカなんて、最初からしなければいい。
いつも、わたしは、素直に許すことができない。


ぶつぶつ言いながら橋をおりた。


目の前の信号が点滅していたが、走る気にもなれなかった。


そこへ、横断歩道の反対側から、ランドセルを背負った男の子が、
滑り込むようにこちらへ走ってきた。


たまたま車は来なかったものの、危ないなあ、とわたしは思った。


渡ってきた男の子は、わたしの横で立ち止まると、
信号に背を向けたまま、時が止まったように動かなかった。


息をきらせながら、神妙な面持ちで、
ずっと立ち尽くしていた。


急いでいたのなら、早くいけばいいのに。
わたしはそう思った。


しかし、心無しか、その男の子が
少し青い顔をしているように見えたので、
わたしは「大丈夫?」と声をかけた。


男の子は、恐る恐るわたしの方に目をやると、
こんなことを言った。



「塾に遅れそうで、急いでいたんです。
そうしたら、思わず、赤になりかけている信号を渡ってしまいました。
運命や人生が、今この瞬間に、大きく変わってしまった気がしました。
なので、今、こうやって立ち止まることで、元に戻しています」



変な子だな、と思った。
妙な事を言うし、話し方も、不自然に大人びていた。


ひとつだけ、
信号無視を後悔しているということは、
よくわかった。




「何が、元に戻るの?」




「未来です。
ここで、信号が次の青になるまで待つことで、ぼくが信号無視をしなかったことにできると思ったんです。
そんな考え方は、ずるいでしょうか」




小学生とは思えぬ突飛な発想と、それとは対照的に思える彼の純粋無垢な眼差しに、わたしは思わず笑ってしまった。しかし、彼の真剣な気持ちに失礼だと思い、すぐに佇まいを正した。


「いいえ、いいと思うよ。だってきみは、これから一生、信号無視をしないもんね。今のは、わたしが許してあげる。未来は、きっと戻ったよ。きみはこの信号を、きちんと青で渡った人生を、また歩み始める」


男の子は、普通の小学生のように、無邪気に笑った。
信号がまた青に変わってすぐに歩き始めなかった理由は、
おそらく、この長い横断歩道を歩いて渡っている時間を消化しているのだろう。まもなく、嬉しそうにまた走っていった。


その背中を、不思議な気持ちで見送る。




許してあげるなんて、えらそうなこと言っちゃったな。

そう思った。

でも、許してあげることって、意外と簡単だな。

そうも思った。






わたしは、いつも先に謝ってくれる彼を
許したことがあっただろうか。






信号があのタイミングで点滅することは、
あの子にとって、きっと必要な出来事だったのだろう。


無視したことで、罪悪感を覚え、
あの子なりの方法で、運命に必死に逆い、
もう二度とやるもんか、という決意を胸に
また歩き出した。




彼とのやりとりを反芻する。
いつも通り、些細なことだったと思う。
ケンカして、謝られて、
仲直りして、そしてまたケンカして。


ついさっきまで、
そんな繰り返しが、
不毛なことのように思えた。


それが今では、
ひとつひとつの小さな言い合いが、
どれも、わたしの人生に必要な
大切なイベントだったように思える。



今日出会った男の子の、目の前の信号が、丁度点滅したように。




勉強を人に教えることで、
自分でも新しいことを発見をした時のような
そんな気分だった。





なんでケンカしたんだっけ。

そうだ、色気がないって言われたんだ。

彼の好みの服やメイクは、一応知ってはいるのだ。

ただなんとなくきっかけがなくて、

変わろうと思えなかった。

素直に言いなりになるのも、なんだか悔しかった。








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人生に無駄なものはないとか
そんな大それた思いはやっぱりないけれど


今のわたしには


甘いケーキも、
些細なケンカも、
慣れないヒールも、
何の感想も言ってくれない彼も、


みんな、必要だ。







手を繋いだわたしたちは、また歩き出した。


目の前の信号が、丁度青になった。


わたしたちの歩いているこの道が、
合っているよ
これでいいんだよ
と、背中を押してくれているようで、




なんだか、嬉しかった。








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model    Ayaka Nakata
photo    Kousuke Araki
hair&make  Hiroaki Iwata
styling    Erina Kobayashi
nail     Hiroka Yamazaki
story     Old Laugh Maker











STORY
#8

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