STORY 3 「思い出研究部」


    

#3 『思い出研究部』








2067年、父が他界した。


医療技術が年々進化し、平均寿命は上がる一方とはいえ、
103歳まで生きた父は、大往生を遂げたように思う。


むしろ、最後まで、心にしこりを残してしまったのは、
わたしの方だったのかもしれない。


すっかりおばあさんになった自分の顔を見つめた後、視線を外にうつした。
老人ホームの窓から見える景色は、今日も青空が広がっている。












A Girl Story 3
「思い出研究部」








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今日も集まっておりますなあ。
思研のみなさん、おはようございます。
おや、今日は初めての方も数人いるようですね。
私は部長の八代です。
それでは、新しい仲間のために、今日もご説明させて頂きましょう。
常連さんはすでに耳にタコかもしれませんが、お付き合いの程お願い致します。
ほら、玄さん、そんな顔しなさんな。
あなたも最初は、説明を受けたのでしょう。


それでは、コホン。
当、老人ホームの有志のクラブ活動、「思研」へようこそ。
「思研」とは、言うまでもなく、「思い出研究部」のこと。
そう、我々のように、もう七十も八十も越えますと、
もう昔のように、ゲートボールやら、カラオケやら、庭いじりやら
というものが、次第に億劫になって参ります。
年には勝てない、とはよく言いますが、
その言葉の意味を、年々肌で感じざるを得なくなっております。


しかし、たとえ体が思うように動かなくとも
私たちには、若い頃から蓄えた、財産があるではないですか。


そう、それは思い出。


若い頃の私たちは、目の前のことを楽しむことに夢中で
思い出を作っているなんて意識はきっとなかったことでしょう。


しかし、懐かしむということは、とても素敵なことなのです。


私たちはこの先、思い出を新しく作るということは、だんだん難しくなります。
ですからそろそろ、思い出を思い出して、楽しみませんか?
思い出をみんなで共有して、楽しみましょう、
というのが、この集まりの第一義の目的なのです。


しかし、寂しい話ですが、
正直申しまして、
いざ、思い出そうとして、果たしてどこまで思い出せましょう。


私とて、一昨日の晩ご飯が何だったかさえ、定かではございません。


そう、思い出を思い出すには、きっかけが必要なのです。
どんなに懐かしい気持ちになりたいと思ったところで、
簡単になれるわけではないのです。



そこで、ゴール博士の発明した、この「気ままに夢見る機」を使用します。
今は2072年ですよ?
こんな変なネーミングじゃなくて、もっとかっこ良いカタカナの名前が他にいくらでもあったでしょうに。
しかし、文句はこれくらいにしておきましょう。実はこれ、すごい代物なのです。
私たちの年金を無視し続けてきたくせに、こんなものに、政府の莫大な資金が投資されているのです。
そうまでして作られた文明の利器は、使わないわけにはいきません。


何度も言いますが、これは大発明なんです。
今まで夢を見るメカニズムについては、明らかになってない事柄がたくさんあったのです。
にもかかわらず、この機械を使用した本人の過去の思い出が、
夢の中で、あたかも現実のように体感できるなんて、
ドラえもんの道具さながらの、大進歩ではないですか。


残念ながら、この気ままに夢見る機は、当ホームには一台しかございません。
高価な代物ですからね。
え? どうやってそれでみんなで研究するのかって?


はい、そこです。
本日もみなさんには、一枚ずつ、思い出を思い出したい年代の、
昔のご自分の写真をお持ち頂いているはずです。


毎度のように、ゲストを一人選出致します。
選ばれたゲストは、その一枚の写真を、気ままに夢見る機にセットし、
このヘルメットをかぶって眠ると、その当時の思い出が、夢の中で見られるという寸法です。


ですので、みなさんにはまず、そのゲストの一枚の写真をご覧頂き、
その方の思い出が、


いつ
どこで
誰と
どんな思い出だったのか


というのを予想するのです。


どうです? ワクワクしてきましたか?
見事、当たった方には、毎回、無料マッサージ券をプレゼントしております。
ええ、私の孫が、マッサージ師でして、これがまた上手なんですよ。
え? 自慢はもういいって?
わかりました。


では、今日のゲストは誰にしましょうか。
せっかくですから、新しく来られた方の中から‥‥えー、そちらの女性にしましょうかね。
大丈夫ですよ、緊張しなくて。
では、お名前をお願いします。


伊藤さん、ですね。
では、伊藤さん、写真は持ってきて頂いてますでしょうか。
あ、ありがとうございます。
おや、素敵な写真ですね。
これは、学生さん、くらいでしょうかね。
あ、いやいや、失礼。
私が一人で楽しんでしまってはいけませんね。
今、画面に映して、みなさんにもご覧頂きましょう。





IMG_0908.JPG











みなさん、見えにくい方はいらっしゃいませんか。
お綺麗ですねー。
いや、伊藤さん、今も十分お綺麗ですよ?
だからその、そんな顔で睨まないでください。
ちなみに、この時のことを思い出したい、ということは、
もちろんこの写真を撮った時のことを、何ひとつ、覚えてないわけですね?


はい、分かりました。
これは考えがいがありますね。


さあ、みなさん、予想してみましょう。
この写真の中の彼女は、どこで、何をしていたのでしょう。
そして、どんなことを考えていたのでしょう。
分かった方は挙手をしてくださいね。


はい、じゃあ、えーと、センロさん、でしたっけ?
あ、失礼、センリさん。
千璃さん、ですね。
いやはや、この年代の親がつける名前ときたら。
ややこしい、あ、いや失敬。
素敵な名前を付けるものですから、読みづらくてかないません。
では、気を取り直して。


水玉が好き? ほー、たしかにワンピースも靴下も水玉ですね。
伊藤さんは水玉が好きだったようだ。ああ、今風の言い方では、ドット柄と言うのですね。


はい、じゃあ次に、蹴斗さん。
迷子? 
迷子なのは蹴斗さんの頭の中ですよ。
あ、嘘です嘘です、また怒ると血圧上がっちゃいますよ?
しかし、その意見はまんざらでもないかもしれませんね。写真の中の彼女は、確かに悲しそうな顔をしています。


では最後に、玄気さん。
お漏らしをしちゃった?
玄さんじゃないんだから。
あ、失礼。
確かにワンピースを持っている手がそう見えなくもなくなくないですが、
その線は薄いかと思います。


ではでは。
そろそろご本人に、正解を確かめに行ってもらいましょうか。
それでは、この写真は、気ままに夢見る機にセット致します。


大丈夫、今は眠くなくとも、ヘルメットをかぶると、眠くなるようにできていますから。
たしか、大脳皮質だか辺緑系を刺激して、どうのこうの。
心配いらないですよ。今までだって、テレビの仕組みを知らずにずっとテレビを見ていたじゃないですか。


では、思い出を思い出す、夢の旅行へしゅっぱーつ。
しっかり堪能してきてくださいー。
お土産話、みんなで首を長くしてお待ちしていますよ。


それでは、いってらっしゃーい。












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わたしはゆっくりと目を開けた。


しまった、うたた寝してた。


こんな道端で。


風邪でもひいたらどうするんだ。










「これも、全部アイツのせいだ」


わたしは拳をぐっと握る。
隣では、彼氏が眉毛をへの字にして、笑う。


「こらこら、お父さんのことを、アイツなんて言うもんじゃないよ」


「あんな奴、アイツでいいのよ。わたし、いくつになったと思っているの?
なんでこんな年にもなって、彼氏と花火行くのに親の許可がいるのよ。お化粧だってまだ早いとか言うんだからね?」


「まあまあ。いくつになったって、君はパパにとって、可愛い娘なんだから」


「可愛いだなんて、絶対思ってない。可愛いと思ってたら、娘の幸せを祈るはずでしょ? それこそ素敵な浴衣を買ってくれて、快くわたしを送り出すはずよ。それが、わたしの幸せなんだから」


「落ち着けよ。いつかきっと、君も感謝する日が来るさ。君のパパがいなけりゃ、君は生まれてこなかったのだよ?」


「ぜっったい、感謝なんてしない」


「はいはい。じゃあ、とりあえず、気分転換でもしよ。写真でも撮ってあげようか。ほらほら、笑って笑って」


「ぜんっっぜん、笑う気分じゃない」


「よく考えてみ? その可愛い靴も、水玉の靴下も、真っ白なワンピースが着れるのも、パパが汗水垂らして働いてくれたからだろ」






IMG_0908.JPG



















そうか……


わたしはこの頃、
同い年にしては、大人びた、
男の子と付き合っていたんだ。


将来、カメラマンになりたいって言っていたっけ。


いっつも、わたしの言うことを何でも聞いてくれて、
まるでわたしがワガママを言ってるみたいで、嫌だったな


そして、週末の花火。
お父さんに、男と花火に行くなんて早過ぎる、と怒鳴られて
あてもなく家を飛び出したんだ。


急に呼び出したにもかかわらず
彼は来てくれて
わたしはいつものように、なだめられたんだ。





お父さんはいつも怒っていた。

帰りが遅い。門限は十時だと言ったはずだ。
食べ物を残すな。食べられない人が世界には山ほどいるんだぞ。
マスカラなんて塗るな。まつげなんて増やしたって誰も見ちゃいない。


大キライだった気がする。
愛情なんて、これぽっちも感じることのできないまま
十代を終えた。



それでも、彼の言う通り、
大きくなるにつれて、分かるようになったんだ。


両親の、大変さだとか、苦労だとか、ありがたみ、だとか。




本当はちゃんと気付いてた。
自分の態度についても、
反省していた。


しかし、素直になることは
最後までできなかった。






IMG_0909.JPG











「あ、今、ちょっとわたしも悪かったなー、と思ってたとこだろ?」


「全然思ってません、この服はわたしがバイトして買った服ですー」


「ちぇっ、可愛くないなー」


「どうせ可愛くないですー」


















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人間、眠りながらも、涙を流すものなんですな。


今回は、いよいよ特例発動のようです。


みなさん。伊藤さんの思い出、しっかりご覧頂けましたか?
あ、初めての方がおられたこと、すっかり忘れていました。


伊藤さんには、緊張してしまうと思い、お伝えしませんでしたが
この気ままに夢見る機を使って見ている夢は
リアルタイムでこの大画面に映し出され
彼女がどんな夢を見ているかを、私たちは見ることが出来ます。


はい、話はここからです。


実は、気ままに夢見る機には、
裏技として、
夢と現実を、そっくりそのままひっくり返すことができるのです。


ボタンひとつの操作ではありますが、
これは、法律では固く禁じられています。
歴史が変わってしまうわけですから。


しかし、唯一、その権限を持つ人物がいます。
そう、開発した張本人の、ゴール氏です。


そのゴール氏は、
そのゲストに特例の必要性を感じ、
みなさんの意見も全員一致した時のみ、
そのボタンを発動することに決めていました。


今回みなさん全員に賛成を頂ければ
記念すべき第一号となります。


わたしは、今の伊藤さんの思い出を、心から楽しませて頂きました。
と同時に、彼女には、やり残したことがあるように思うのですが、
みなさん、どうでしょうか。


今回、特例を認めたい、とお考えの方は、挙手をお願い致します。





‥‥はい、みなさん、ありがとうございます。

蹴斗さん以外、みな賛成のようですね。
蹴斗さん、いかがです?
あ、分かりました。伊藤さんと、もう会えなくなってしまうことが気がかりなのですね。
心配はいりません。


このボタンは、夢と現実がそっくり入れ替わるのです。
伊藤さんは、今見ている世界が現実となり、そのままずっと生活していくわけです。
そのかわり、夢を見る度に、わたしたちの世界に帰ってくるのです。
夢の中では、何度でも会えますよ。



納得頂けたようです。
さて、これで全員一致ですね。


それでは、ボタンを。


え、私が押してもいいのかって?


いいんです、私が開発者なのです。


私の名前は八代行流。「行」に「流」と書いて、ゴールです。


そこの蹴斗さんは、私の兄です。


お恥ずかしい話です、両親が、とあるサッカーチームのの大ファンでして。


いやはや、この年代の親がつける名前ときたら。














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「おいー、いつまで寝てんだよ」


「あれ、夢見てた」


「夢? こんな道端で。すごいな君は。
どんな夢見たの?」


「なんか、おばあさんになってた気がする」


「それは予知夢だね」







「なんか……わたしも、悪かった気がする。
認めたくないけど、悪かったなと反省する日が、来る気がする」


「そうだ、そのいきだ。家まで送ってあげるから、謝りに行こう」


彼はカメラを構えた。









IMG_0909.JPG





「そうそう、素直な人は、どうしたって綺麗に写る」
















model    Sayaka Ito
hair&make Hiroaki Iwata













STORY
#4

『転ばぬ先の父』

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